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角丸飾り

自殺防止ゲートキーパー養成第3回公開講座(2011.9.3)メモ
「地域と職域で取り組む自殺予防」〜気付いてください心のサイン〜

東京女子医科大学医学部精神医学講座 坂元 薫 教授

1.日本人の心が危ない

 うつ病で通院する人は、96年の43万人から、いまでは100万人になった。自殺者も13年連続で3万人を超え、しかも働き盛りの40〜50代が急増している。今年は5月に急増して、「震災の影響」かと心配されたが、上原美保の自殺に誘導されたものらしい。しかし、東北も心配だ。それは東北には精神病への偏見がまだ多く残り、また、仮設住宅ですることが無くなると飲酒量が増え、アルコールの乱用からうつに移行することが心配されるからだ。
 13年連続の自殺者3万人超は国際的にも「人権の後進国」と言われかねない。自殺の前兆として自殺未遂は、もっとも危険な因子となる。年齢が高くなると自殺率も上昇する。自殺の危険がどの程度迫っているかをスクリーニング(選別)して、有効な手段で防止することが必要だろう。
 自殺の前には兆候がある。「死にたい」「世の中が嫌になった」などの直接表現から、「自殺企図=自傷」や「身辺整理」などの行動的兆候、うつ状態の「不安・焦燥」などが兆候となるが、特にうつ状態から軽い躁に変わるときが危ないと言われている。自殺者の大多数はうつや躁うつ、統合失調症などの精神疾患だが、アルコールなどの依存も、結局は肝臓病などで死亡に向かうのだから、「静かなる自殺」といえるかもしれない。

2.うつ病の症状・診断・治療

 うつ病の患者の8〜9割は適切な治療を受けていない可能性がある。それは、まず体調の不良により内科に行くか、女性であれば婦人科に行くので、正しい精神科の治療に結びつかないことが多いからだ。
 うつ病は、気分・生命力・意欲の低下などで診断されるが、病識がない患者が多く、自分の性格であると誤解することが多い。うつは人に説明できない「つらさ」がある。ある意味では二日酔いにそっくりとも言われる。とにかく不安が胸からこみ上げるという「つらさ」は本人しか分からないもので、逃れたいがために自殺という選択肢が出てくる。また、そのような自分がまわりに迷惑をかけるという気分に陥りやすい。内科の医者用には、「PRIME−MDPHQ−9」という質問票がある。A〜Iまでの9項目で、5カ所以上のチェックが2週間続けば、専門医の診断が必要となる。
 うつにはなりやすい性格もある。几帳面で完璧主義など世間的には「良い性格」の人がなりやすい。重大な出来事だけでなく定年や転勤、昇進など誰にでもあることでうつになることがあり、その意味でも誰にでも起こることである。きっかけが無くてもなる場合がある。
 うつになるまでの段階では、ストレスがかかると「過剰適応」が起き、「神経過敏状態」となる。それがある程度長期化すると、仕事のミスや欠勤が多くなるなどの症状がさらに本人の社会的環境を悪化させ、抑うつ傾向が強くなる。したがって誰が見ても明らかなストレスがあって起きる「適応障害」とはちがう。
 うつ病の治療は「精神療法=心理教育」と「薬物療法」が二本柱。精神療法は、本人の病識をいかに形成するかと言うことが最大の観点である。特に治療には一定の期間が必要なことや、「特別なことではない」ことを理解させることが難儀だ。それと、「自殺はしないことの約束」や薬物療法の意義などを説明するが、患者の話に共感することはない。共感できるとすればそれは聞き役もうつの可能性がある。共感できない苦しみと理解すること。
 うつの患者に一番してはいけないことは、「気分転換に誘う」こととなる。まわりは楽しめても本人はとても楽しめることではない。ただ、回復度合いによっては可能なこともある。一方、励ますことも一概に否定すべきでない。「患者と一緒に乗り越える」という呼びかけは、患者の状態にとっては良いこともある。
 薬物療法は第1選択がSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)になる。ぞれは脳の疲労の原因がセロトニンの不足にあり、脳神経の伝達物質のセロトニンを増やすことが必要だからだ。最近は、セロトニンとともにBDNF(脳由来神経栄養因子)を増やすことが「思いやりの増加」に効果があるということも言われはじめている。これは毀損した脳神経を再生することにつながっているらしい。「薬に頼りたくない」とか「依存することにならないか」とか心配する人もいるが、セロトニン薬は性格を変えるような強い薬ではないし、かえって治療しない方が、脳の重要器官である海馬の縮小(10%程度)を招くという研究もあるほどだから、治療に向かうべきだ。
 かつてうつは「こころの風邪」といわれたこともあるが、そんな生やさしい病気ではないので、適確な治療が必要だ。理想的な精神療法や薬物の治療をしても33%が治癒しなかったという研究も米国にある。ただし、抗うつ治療薬の処方・投与と自殺とは相関関係があるので、医者としてはちゅうちょすべきでない。
 最近は、治療抵抗性うつとか非定型うつというものが特に若者を中心に増えている。抗うつ薬も効かないことが多い。したがって、心理教育が中心となっていくが、息の永い治療が必要だろう。しかし、今の20〜30代が直面している労働環境の困難さも考慮する必要があるだろう。
 この「新型うつ」については、医者の間にも見解が分かれている。医者でも3割が病気で4割は「怠け」と考えているが、精神科に限っても半々程度だろう。ただ、うつの入り口にいることはまさにそうなので、何らかの治療をしないと従来型のうつになることもある。治療としては、生活リズムの改善と、気長な認知行動療法を取りつつ、本人のレジリアンス(治癒力・快復力)を高めることだろう。

3.地域で取り組むうつ病予防

 自治体により自殺予防には温度差があるのが現状だ。市区町村ぐるみでの取り組みがあれば、そのとなりでは真似をするところもあるだろう。気分障害の地域支援体制としては、精神保健センターや保健所などがあるが、地域で取り組むうつ病対策としては、公衆衛生学的アプローチとして考えると、一次予防としての啓発・知識普及があり、二次予防として早期発見と受診の勧奨、三次予防として再発防止のサポートネットワークが必要だ。
 一次予防と二次予防は重なるが、セミナーの開催や健診活用などの他、保健師や民生委員等の家庭訪問により早期発見することが出来る。東北の被災地でスクリーニングしたところ、3回行って最後には久慈市で9.3%、山形村と言うところでは7.6%が何らかの精神疾患を呈した。今後治療に向かうことが必要だろう。そのほかに地域の対策としては、自殺未遂者や家族へのケアも出来るだろう。これからのうつ対策としては、従来のように啓発や知識普及では、残念ながら自殺者の減少につながっていないことから、学童期からのこころの教育にも注目していく必要があるだろう。病者や家族を支えるネットワークの構築は急務だ。

4.職域で取り組むうつ病予防〜メンタル相談の基礎知識

 いままでの職域での取り組みは、厚生労働省の指導・ガイドラインでは、セルフケアやラインケアなどが中心となるが、いっこうに効果を上げていない。産業医としての経験から言うと、職場の雰囲気の悪化、あるいは管理監督者の根性論、管理体制のマニュアル化(非人間化)、不適切・不公平な人事考課と、職場の三種の凶器である「パワハラ・セクハラ・スピッテング(つば等を吐くこと)」が組織の機能不全の原因としてあり、その結果うつが蔓延しているのではないかと感じている。
 職場の組織機能をチェックするには、「職場の組織機能チェック表A・B (不知火式)」があるので、有効活用してはどうか。A表の点数とB表の点数を引き算して、+9以上は「非常にうまく機能している」、+5以上は「ある程度うまく機能している」、−5点以下は「うまく機能しているとは言えない」、−9点以下は「極めてまずく、組織は機能していない」となる。+9はまずあり得ないが。
 一日の大半を過ごす職場においてこそメンタルヘルス対策が重要である。その二つのポイントは、「メンタルヘルスの正しい知識」と「部下の話を聞く機会」である。また、職場でのケアで管理職に求められる態度は、「相談と助言」であり、「管理職自身の振り返り(自省)」である。さらに、これらを通じて部下の異変に気付いたときは、「直接本人の話を聞き」→「産業保健スタッフなどの専門家に相談する」→「人事労務、上長への報告・相談」となっていくものだ。連携を取りながら対応方針を検討することが重要である。
 なかなか受診したがらない部下も多いと思うが、医療機関への受診をすすめるには、「最近調子が悪いんじゃあないのか」、「こころの疲れが身体にでることもあるそうだから一度専門に見てもらったらいいのではないか」、「みんなも心配している」などの声掛けが必要だ。
 休職に入った人への対応としては、本人の不安解消を目的に、休職の最長期間や補償制度など就業規則上のルールを人事担当者から説明することと、本人の同意を取ったうえで自宅訪問や病院での面会を行い、主治医や産業医との連携を構築しておく必要がある。

5.リワーク支援の取り組み

 復職(リワーク)をすすめるには、職場だけではなく外部資源の活用も可能であり、例えば、障害者職業センターなどは無料で利用できる。しかし会社の同意が必須となる。定員が少ないことと、地域でプログラムなどに差があるようだ。
 その他最近では、医療の一環として精神科の病院が「デイケア」や「リワーク・プログラム」に取り組むところが増えている。札幌では駅前クリニックの横山先生のところではじめたようだ。その他NPOでも取り組んでいるが、けっこうきついプログラムもあり、職場のほうが楽だとなったらしめたもの。
 主治医と産業医と産業保健スタッフの多重奏(ポリフォニー)が患者本人の復帰に重要である。特にケースワークを担当する産業保健スタッフ(産業衛生保健師や看護師)の働きが大きく、マンパワーを増やす必要がある。

6.ストレスを減らす方法

 布施豊正先生という方がいる。カナダのヨーク大学の名誉教授で、ほとんど海外で教鞭を取っていらした方だが、自殺学という専門だそう。その先生の本で、「こころの危機と民族文化療法」というのがあり、ストレスを減らす方法を提起している。


1.自分の能力の限界を知って、高望み・背伸びをしない。
2.笑う習慣、ユーモアを養う。
3.悩みを人に打ち明ける習慣を作る(相手は複数に、ひとりだと相手も大変)。
4.イライラする状況(待たされる、渋滞)でも、楽しく過ごせる工夫を。
5.人間関係では、現状をある程度容認し、あるがままの姿で受け入れる習慣とこころの姿勢を(頑固な上司、気むずかしい同僚、能率の悪い部下など。他人の言動や習性をコントロールできないという事実を認識する)。
6.人間関係や人生上の出来事を全てにおいて楽観的に受け止める習慣をつける。
7.たくさんのことを一度にしようとしない(心と身体に余裕を残す習慣を)。
8.少なくとも数人の人と暖かい人間関係をつくる(孤立するのをさける)。
9.ささいなことにこだわらず、勝ち目のない口論、対決はせず妥協する。
10.コーヒー、カフェインなど神経をいらだたせるものを取りすぎない。
11.ストレス状態に直面したら、この状態はコントロールできるというイメージトレーニングの習慣をつける。
12.むしゃくしゃするときは、散歩、ジョギング、庭いじりなど適度に身体を使う運動をする。
13.ストレスの強いときに呼吸法でストレスを減らす(ゆっくり鼻から深呼吸し、5秒ほど止めて、口からゆっくりと吐き出すのを5回から10回)。
14.一日15分から20分、目をつぶって自分の好きなソフトな音楽を聴く習慣をつける。


 そして、うつ病にならないために気をつけることを、最後に申し上げます。


1.完全主義をやめる。
2.自分のミスに厳しくしすぎることをやめる。
3.全てをコントロールしようとすることをやめる。
4.余計な関わりを持つのをやめる。
5.自分の体調や健康を無視するのをやめる。
6.見栄を張って助けを求めないのをやめる。
7.ストップして自分や家族のために時間をとる。

(文責 NPO北海道勤労者安全衛生センター)

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